人間失格
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2024-11-03 22:12:29
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文档简介:
はしがき
私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後
かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取り
かこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹
(いとこ)たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴
(はかま)をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている
写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関
心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
といい加減なお世辞を言っても、まんざら空(から)お世辞に聞えな
いくらいの、謂(い)わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子
供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に
就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」
と頗(すこぶ)る不快そうに呟(つぶや)き、毛虫でも払いのける時
のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。
まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、
イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。どだい、それは、笑顔でな
い。この子は、少しも笑ってはいないのだ。その証拠には、この子
は、両方のこぶしを固く握って立っている。人間は、こぶしを固く握
りながら笑えるものでは無いのである。猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔
に醜い皺(しわ)を寄せているだけなのである。「皺くちゃ坊ちゃ
ん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、そうして、どこ
かけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。
私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無
かった。
第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌
(へんぼう)していた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大
学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美
貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間
の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチ
を覗(のぞ)かせ、籐椅子(とういす)に腰かけて足を組み、そうし
て、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでな
く、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、ど
こやら違う。血の重。つまり、一から十まで造り物の感じなのであ
る。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと
言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しか
も、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた
気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こ......
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